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浜松HAPPY化計画ブログ

鈴木めぐみが見つけてきたあんなコト・こんなコト

「みんなで楽しく政治しよう!+」第8回

試行錯誤しながら、じっくり取り組む
 〜里浜プロジェクト〜

■「きっかけ」に捕われ過ぎるな

 「楽しく政治」はいつも順風満帆に進むわけではない。今回は試行錯誤をしながら、時間をかけながら進めているプロジェクトを紹介しよう。
 昨年秋(2005年当時)、30年前に市が埋めたゴミが浜松・遠州灘海岸から流出し、大きな問題になった。埋め立てられていたゴミは、ビンや缶、プラスチック、自転車などの不燃・粗大ゴミ8年分、約13万トンで、当時の法律ではこうした埋め立ては認められていたのだ。しかし、ここ30年の間に海岸線は約300メートルも侵食され、埋め立てられたゴミが流出し、無様な姿をさらすようになった。毎日のようにテレビや新聞でその状況が報道され、市民からは「市は何をしているのか」「ゴミを早急に撤去せよ」と怒りの声があがった。市は、ゴミの撤去には80億円もの多額な費用がかかるので、撤去しないと決め、ゴミが流出しないための応急対策として鋼矢板の防護柵や石を詰めたネットを設置した。このような市の対応にも関わらず、依然として市民側からは「市民がゴミを拾い分別し、搬入すれば、80億円もかからないはずだ」「ゴミの分析調査をすべきだ」といった埋め立てゴミの対策をどうするかという声が上がり続けた。私自身もそうした議論の中にいた。

■市民の浜への無関心が本当の課題

 しかし、埋め立てゴミの流出はきっかけであって、問題の根本は30年間で300メートルも海岸線が後退しているという深刻な海岸侵食の方である。海岸侵食の一因は、川にダムが作られ、川底の砂利が採取されるようになったことで、浜に流れ着く土砂の量が減ったからだと言われている。こうした状況を市民がこれまで少しも関心を持たずに過ごしてきたことが、実は本当の「地域の課題」だったのだ。

 遠州灘の一角にある中田島砂丘は、日本三大砂丘のひとつで、以前は大勢の観光客が訪れていた。私が小学生の頃は毎年この地に遠足に出かけ、砂の造形大会をしたものだ。また、稀有なアカウミガメの産卵場所として知られている。それなのに、砂の量や砂丘の広さが急激に減り、枯れた砂浜になってもほとんどの市民が気づかれない「見知らぬ地」となってしまっていたようだ。このことに気づいて、私は大きなショックを受けた。

■事業ありきではうまくいかない

 埋め立てゴミ流出というきっかけから、海岸侵食に係る課題が見えてくる中で、国土交通省が進めている「里浜づくり実験事業」の話を知人のサーファーが持ってきた。この事業は、行政、市民がともにどう海岸を保護し、利用できるのか、海岸保護を含めていろんな人たちと総合的に議論をするために、国がモデル事業として協力するものだ。「これだぁ!」と思い、早速環境団体、サーファーや釣りなどの趣味のグループ、ゴミ拾いのボランティア団体、関心を持つ市民や職員で、プロジェクトチームを結成した。遠州灘海岸にもっと関心をもってもらい、行政にお任せではなく自分たちの浜として、自分たちで浜を守っていこうという芽を育てていきたい。そのためには何としても実験事業に手を挙げなくてはと、焦った。国の事業として認可されるには、市長の了解が必要だ。しかし、何の活動実績も持たないまま、理想像だけを語っても、市長の了承を得ることができるはずもなかった。事業参加は、時期尚早と判断し、プロジェクトはスタート地点に戻った。

■仕切り直して、じっくり取り組む

 里浜とは、一昔前は当たり前であった、多様で豊かな「海辺と人々のつながり」を現代の暮らしにかなう形で蘇らせた浜のこと。里浜づくりは、地域の自然と歴史を尊重し、海辺と人々とのつながりを見つめ直すことから始まるのだが、それをしないうちに、事業ありきで走り出してしまったことを反省した。

 地域の人々と海辺とのつながりを培い、育て、つくり出していこうという動きだけに、じっくり長い時間をかけて、丁寧に物事を進めていく必要があったのだ。それぞれ自分たちの海辺について、何が問題か、何が大事か、自らの暮らしと海辺のつながりはどうあるべきかなどについて考え、議論し、活動することを積み重ねていくなかで、課題が明確になり、思いが共有されていくのだ。まずは、現在の海辺の状態を多くの人に知ってもらうことから始めようと、仕切り直しをしている。

(『WE』2005年/一部修正)